演劇ノンタス

雑記ブログ

ボロアパートの少年

18才の春。自分は大学進学に伴い、大阪市で一人暮らしをすることになった。

 

3月。部屋さがしのため、父と不動産屋に行った。

 

父は「男の子やから、セキュリティはどうでもええ。とにかく安い物件を紹介してくれ」と不動産屋に頼んだ。

 

すると「トイレ共同・フロなしでよければ1万5千円でありますよ」と紹介された。

 

「僕、トイレ長いから、他の住人に迷惑かけるかも」と言ったら、「それならば」と、トイレ付き・フロ無しで2万円の物件を紹介された。

 

「築40年ですけど、お手頃ですよ」と言うので、不動産屋の車で、見に行くことになった。

 

案の定、ボロアパートであった。

 

外階段がサビだらけで、ギシギシ音がするし、所々、壁にヒビが入っていた。

 

さすがの父も「ここはあかんな。強めの地震がきたら、おしまいや」と言った。

 

別の物件をさがそうとなった。

 

ところが、ちょうどそのタイミングで、親子3人(夫婦と小学3年生くらいの少年)が、階段を上がってきて、部屋に入っていった。

 

父が「あれ住人?」って聞いたら、不動産屋が「はい」と答えた。

 

すると、父が僕に向かって、「一家で暮らしてる人もおるんや。お前もここにせえ。ここより、ええ物件に住もうなんて、ぜいたくや」と言い出した。

 

「でも地震がきたら・・」と僕が言うと、「阪神大震災を乗り越えた物件や。大丈夫」と、さっきとは、180度ちがうことをぬかしおった。

 

で、その日のうちに契約し、僕の住処はあっさり決まった。

 

4月。新生活が始まった。

 

はじめての一人ぐらしという不安もあったが、しかし、それ以上の悩みが、当時の僕にはあった。

 

それはマンガ問題である。

 

自分はマンガが大好きで、高校時代まで、週に雑誌を何冊も購入しておった。

 

ところが、父に「学費と家賃は払ってやるが、それ以外は、自分で工面せえ」と、命令されたので、それが難しくなったのだ。

 

立ち読みで済ますか、古本屋で買うか、バイトがんばるか。

 

しばし、ずっと悩んでおった。

 

しかし、その悩みは、大学に通い始めて、あっというまに解消された。

 

というのも、電車で通学するうちに、雑誌の発売日には、車両の網棚や駅のゴミ箱に読み捨てられたジャンプやマガジンが、けっこうあることがわかったのだ。

 

それらを拾って、持ち帰り、読み終えたら、アパートのゴミ置き場に捨てる。

 

これが僕のルーティンとなった。

 

ところが、ある日、僕が捨てたジャンプを例の少年が、取って部屋に持って入るのを目撃した。

 

その光景を何度も見かけるようになった。

 

だから、僕は「なんやったら、いらんマンガ、部屋の前に置いとくから、勝手に持っていき」と少年に声をかけてみた。

 

すると、少年はうれしそうに、「うん」とうなづいた。

 

そっから、少年と言葉を交わすようになり、まあまあ仲良くなった。

 

 

ある日、僕がいつものように、駅のゴミ箱を漁っていると、誰かにケツを思いっきり蹴られた。

 

ふりむくと、少年が笑顔で立っておった。

 

そして開口一番、僕に向かって、「なんしとんねん!このビンボー人!」と吠えよった。

 

ビンボー人って・・。お前かて、あのボロアパート住んどるやんけ。いつも同じ服、着てるくせに・・。

 

「おまえに言われたないわ!」という言葉が喉元まで出かかった。

 

しかし、近くに少年の親の姿が見えたので、「おぼえとけ、いつか仕返ししたるからな」と、捨て台詞を吐いて、僕はその場を立ち去った。ケツをさすりながら。

 

 

実際、少年はいつも近鉄バファローズのトレーナーを着ておった。

 

最初は同じの何枚も持ってるのかなと思ったりもしたが、シミがいつも同じ場所についておったので、ははあん、これは、着たきりスズメやなと気づいた。

 

 

同じサークルの女の子に「子供の貧困ゆうんかな。うちのアパートにこんな子おるけど、どう思う?」と話しをしてみた。

 

すると、「最近は、そういう子が増えとるで」と言うので、「そうなん?」と聞いたら、「うん、うちにあるリカちゃん人形もずっと着たきりスズメやで」と、ぬかしおった。

 

まじめな話題をアホに話すんじゃなかったと後悔した。

 

 

それから夏休みに入り、僕が合宿免許に行ってる間に、少年の一家はどこかへ引っ越してしまった。

 

 

あれから、20年以上たつ。

 

たった4ヶ月、同じボロアパートで過ごしただけだが、僕はいまだにあの少年の笑顔と、ケツを蹴られた恨みを忘れずにはいられないのである。

 

 

 

今週のお題「引っ越し」