山口弁の英語の先生
中学時代の英語の先生は、山口県出身の人であった。
山口弁を思いっきり使う人であった。
「そねえな発音じゃあ、いけんちゃあ。ワシの口の動き、よう見んさい。ルックルックちゃあ」
「ここは必ず試験に出るけえのお。しっかり覚えちょきんさいよ」
「これからの時代、英語がしゃべれんと、社会に出て、笑われるけえのお」
とにかく、語尾に「ちゃあ」とか、「しんさい」とか、「けえのお」をやたらとつける人であった。
僕らは、先生のことをウラで「ヤマグチ」と呼んでおった。
さて、そんなある日の授業のこと。
ヤマグチが、金髪で青い目をした男の子を伴い、教室に入ってきた。
年の頃は、僕らと同じ中学生くらいの子供だ。
「外人やんけ。ヤマグチのやつ、外人の子供つれてきよったでえ」と、ざわつく教室。
ヤマグチが言った。
「今日はのお、お前らに本場の英語ちゅうんは、どんなもんなんか、教えてやるために、アメリカからの留学生を連れてきたんよ。しっかり学びんさいよ」
つづけて、「じゃあ、まずこの子にあいさつしてもらおうか」と、ヤマグチが留学生に英語で話しかけた。
ところが、思いもよらぬことが起きた。
留学生がヤマグチの英語に「What?」と返したのである。
「え?」とざわつく教室。
再び、留学生に英語で話しかけるヤマグチ。
すると留学生が再び、「What?」と返したのである。
英語の先生が話す英語が、アメリカ人に通じない。これほど痛快なことがあるだろうか?
教室中にドッと、笑い声が起きた。
額に汗をうかべながら、何度も、留学生に話しかけるヤマグチ。
しかし、何度も「What?」を繰り返す留学生。
教室は大爆笑の嵐。
そして、クラスメイトの一人が「先生の英語、全然、通じないじゃないっすかー」とヤジを飛ばしたとき、事件が起きた。
この一言にカッとなったヤマグチ。
なんと、留学生の首ねっこを左手でむんずとつかみ、ぐいっと引き寄せ、さらに右手で留学生の顔を指さしながら、僕らに向かって、こう言い放ったのである。
「こいつはのお、どうせテキサスとかユタの田舎もんじゃけえ、訛りくさった英語しか、わからんのんよお! ワシの英語は、ニューヨーク仕込みじゃけえのお!」
鬼の形相で吠えたヤマグチ。
それを見て、我々クラス一同は、心の中でこう思った。
「・・・ニューヨーカーが『じゃけえのお』なんて、言うかい」と。
そのあと、授業がどんなふうに進んだのか、残念ながら、記憶がない。
たぶん、あまりのイレギュラーな展開に、僕は気を失ったんだと思う。
さて、今回のお題「もしも英語を使えたら」であるが、僕は、英語を話せるならば、あの留学生に会って、あの日のことを聞いてみたい。
ヤマグチの英語は本当に通じなかったのか?
それとも単におちょくっていただけなのか?
首ねっこをつかまれたとき、どんなきもちだったか?
「わしゃ、ネコかい」と思ったか?
これらの質問をあの留学生に英語でぶつけてみたい。
それが僕の夢である。
ヤマグチに「しょうもない夢、持つなっちゃあ!」と、怒鳴られること必至の夢であるが・・。