ダジャレ兄ちゃん
よく「オッサンになるとダジャレを多用するようになる」と聞く。
うちの兄も例外でなく、40歳を過ぎたあたりからか、やたらとダジャレを口にするようになった。
たとえば、僕が「今度、旅行で札幌に行くんや」と言うと、兄が「あそこは治安が悪いからな、気をつけろや」と言うのである。
そんなのは初耳なので、「えっ?そうなん?」と真剣に聞くと、兄が「うむ。気を抜いて歩いてたら、サッとポロシャツを盗られるで」と、かましてくるわけである。
これほど、まじめにきいて損したと思う瞬間はない。
また、いっしょにイオンに行った際も、エレベーターの中で兄がめちゃでかい声で、こんなことをぬかしよった。
「さすが、イオンや。いおんな(色んな)もんがあるなあ」
はずかしさのあまり、他人のふりをしておったら、兄が「おい、なにかいおんか(言わんか)」と、ダジャレツッコミをしてきよった。
他のお客に失笑され、これなら、オナラを聞かれる方がまだマシやなと心底思った。
かつての兄はこんな男ではなかった。若い頃は、ガチガチのダウンタウン信者で、ぬるい笑いを敵視さえしておったのである。
僕がまだ中学生の頃、かるいダジャレを飛ばしたところ、「しょうもないことで笑いをとろうとするな! ダジャレなんかな、お笑い偏差値『0』の幼稚園児でも思いつくんや! 2度とぬかすな、このドアホ!」と、兄から大説教をくらったことがあるし、
またテレビで林家ぺーが「たわし、バカよね~」というダジャレを披露していた際など、「クソが! おまえのアフロヘア根こそぎ抜いたろか!」と激昂しておったのである。
それが今やまったく見る影もなくなり、ところかまわず、ダジャレを連発。
テレビで、ぺーが「犬は変ですよ。そこにいるのに居ぬ」とボケるや、「ヒャーッハッハッハッ!」と、パー子と同じタイミングで笑っているのである。
もはや、兄のお笑い偏差値は完全に「0」、いや、マイナス「100」まで落ちたと言っても過言ではないだろう。
しかし、人間、ここまで変わるものだろうか? いくらなんでも落差がひどすぎる。
映画「君の名は」ではないが、きっと兄はどっかでめちゃめちゃしょうもないセンスの奴と、中身が入れ替わったのであろう。自分としてはそうとしか、納得できないのである。
さて、そんな別人28号になった兄であるが、実は仕事の関係で、今年から、東京に住んでいる。
で、先日、兄から電話があり、久々に会話をしたのであるが・・。
互いの近況を簡単に報告しあった後、兄が「ところでおまえ、オリンピックはどうすんねん?」と聞いてきた。
僕が「予定がなかったら、みにいくかもしれんな。その時は兄ちゃんちに泊めてな」と答えたところ、「あほか! コロナに感染したらどうすんねん!」と怒った。
続けて兄は「外国から山ほど人が来るんやぞ。中には新たな変異株を持ってる人間もおるかもしれん。ワクチンを接種した人間でも感染するかもしれんのや。おまえのために言うとんや。たのむから家で観戦しろ」と、実に熱のこもった口調で語った。
兄の心遣いに胸をジーンと打たれた僕は「せやな。わかった。行けへんよ」と言った。
すると兄は、なんとこんなダジャレをかましてきよったのである。
「よし。東京には絶対、コロナよ。じゃなかった。くるなよ」
あまりのしょうもなさに絶句していると、兄が「おーい。笑い声が聞こえんが、もしかして、オレと会えんから泣いとんのか?」と、聞いてきた。
もうすぐ七夕である。僕の今年の願いは「東京オリンピックの成功」と「兄の人格が元に戻ること」の2つである。